お子様と麻酔について

お子様の麻酔についてご説明します。

はじめに

麻酔が進歩したおかげで、生まれる前の赤ちゃんにさえも外科手術やいろいろな治療が可能な時代になりました。私たちの病院は、子ども専門の総合病院ですので、もちろん手術での麻酔は多いのですが、ちょっとした検査や処置の場合でも、お子さんに少しでも痛みや不快感を与えたくないために麻酔が必要となります。中でも全身麻酔の役割は非常に大きいのです。

全身麻酔という言葉は、ほとんどの方が御存知とは思います。しかし、麻酔の話を聞く機会はとても少なく、大切なお子様の麻酔や手術を前にして、相当な不安感を持たれるのは当然だと思います。現実に自分やその家族が全身麻酔のもとに、手術や検査をうけるとなると、今まで無関係の存在だと思っていた麻酔が、とたんに気になります。「全身麻酔とは、ただ眠らせることなんだ」などと、軽く考えていたこの言葉がとたんに重くのしかかり、「頭がおかしくなるなんてことはないのかしら?」とか、「ショックで死ぬなんてことはないのでしょうか?」などと、次々に心配になります。

そのような御両親の不安や心配は、お子様にも強く影響します。そこで少しでも麻酔を理解していただき、余計な不安や恐れをなくしてお子様に手術や検査を受けさせていただきたいと思い、全身麻酔について説明してみたいと思います。


2006年7月改訂

1. 全身麻酔って何でしょう?

麻酔とは、手術が行われている間の痛みを除くとともに、患者さんの状態を厳重に守り、手術が安全に行えるように全身の状態の管理にあらゆる努力をすることです。ですから、貴方のお子様が全身麻酔のもとに手術を受ける場合、お子様は麻酔科医によって痛みやその他のあらゆる苦痛を取り除かれるだけでなく、血圧、脈拍、呼吸、体温などの全身状態が正しく管理された状態におかれ、外科医による手術を安心して受けられるのです。

2. なぜ、全身麻酔が必要なのでしょうか?

麻酔なしで手術をする場合を想像してみましょう。今まで見たこともない部屋に、見慣れない人々、大きな照明、キラキラと冷たく光る手術器械とその金属音、そして手術による痛み、こうした刺激に子供さんが我慢できるでしょうか? 局部麻酔により手術自体による痛みは除けるでしょう。しかし、強烈な恐怖心はどうでしょうか?

ちょっと元気の良いお子様でしたら、2、3人の看護婦が手足をおさえてもかなわない程抵抗する場合もあるでしょう。

このような恐怖心や苦痛を与えることが、どれ程お子様の精神衛生上に悪影響を与えるかはおわかりいただけるでしょう。まして泣きわめき手足を死にものぐるいで動かそうとしている患者さんを押さえつけて手術をして、果たして完全な手術ができるでしょうか? もちろん危険なことです。お子様が、より良い手術や検査を受ける為には、専門の麻酔科医による全身手術が必要なのです。

3. 局部麻酔と全身麻酔の違いは?

「全身麻酔はこわい!」とか「局部麻酔でできませんか?」という質問は良く聞かれます。確かに手術には局部の痛みをとるだけで十分な場所もありますが、子供さんの場合は痛みがなければじっとがまんできるというものでもありません。そこで、全身麻酔が必要となる場合が多いのです。

そして麻酔とは、単に痛みをとる以上に、患者さんの全身状態を最善に保つさまざまな処置も含んでいるのです。全身麻酔の場合、麻酔を専門に行う医師が必ずつきそい、安全が保証されます。しかし局部麻酔の場合は、検査や手術をする医師がついでに行なう場合が多くなりますので、自分の訴えが上手にできない小児では全身麻酔の方が好ましい場合が多いのです。

4. どのような方法で全身麻酔をかけるのでしょう?

全身麻酔の方法にはいろいろあります。大人では静脈注射による静脈麻酔法や、腰に針を刺しての脊椎(せきつい)麻酔法などもよく用いられます。しかし小児の場合、宇宙飛行士のようなマスクを使って眠る麻酔法や、予め他の方法で麻酔をかけて眠ってから口の中でそっとマスクを広げるラリンゲルマスクという方法、そして気管の中に細い管を入れて肺に麻酔ガスを送る気管挿管という麻酔の方法のいずれかの方法で行なわれます。

マスクでの麻酔の場合、用いる薬は甘い香りのするガスなので不愉快な感じは全くありませんし、気管挿管の場合でも、予めお子様が眠ってから行ないますので、お子様が恐がることはありません。また、用いるラリンゲルマスクや管も細くて柔らかいビニールやシリコンで出来ており喉に傷が付いたりはしません。

麻酔ガスによる麻酔は決して簡単ではなく、高度の知識や技術が必要ですが、麻酔の深さの調節がしやすく手術や検査もやりやすい方法です。そして手術が終わるとすぐに麻酔をさますこともできますので、小児には好都合な麻酔方法です。そしてこの間、麻酔科医によってお子様の全身状態は全て管理されておりますから、外科医は安心して手術ができます。

手術や検査が終わりに近づくにつれて麻酔の深さも徐々に浅くなるように調節され、そしてまもなく目がさめます。元気な声で泣く赤ちゃん、きょとんとした顔で周囲を見回している幼児、いつもどおり寝起きが悪くて興奮して泣きながら激しく体を動かしたり手足をバタバタさせたりするお子様など、それぞれのタイプがあります。貴方のお子様はどのタイプでしょうね。

5. なぜ、全身麻酔の前に麻酔科受診や検査が必要なのでしょう?

今までの説明で、だいたい全身麻酔についてご理解いただけたと思います。より安全に手術をうける為に必要なこの全身麻酔も、患者さんのことを知らなかったり、患者さんの状態を考えることもなく麻酔をしては大いに危険が伴うことは言うまでもありません。

そこで、全身麻酔を受けても大丈夫かどうかを調べるために、予め麻酔科外来などで麻酔科医が慎重に患者さんを診察することは、患者さんの安全のためにとても重要だと考えています。

麻酔ガスによる全身麻酔ですので、かぜなど喉や鼻の状態がおかしい場合やアレルギー状態、咳込む可能性がある場合などは、緊急を要する手術や検査の場合以外は、手術や麻酔を延期した方が賢明といえます。また貧血がありますと、麻酔ガスと共に体内に運ばれる酸素の量が少なくなり危険な状態になることもあります。そういう危険を避けるためにも予め血液の検査や胸のレントゲン検査などがおこなわれるのです。

6. どういう場合に、麻酔をかけられないのでしょうか?

一度主治医の先生が予定された手術や検査も、私たちの診察の結果、延期した方が良いと思われる場合があります。確かに麻酔は進歩し、生まれたばかりの赤ちゃんや、瀕死の患者さんでも無理をすれば相当に安全な麻酔がかけられます。しかし、本当にお子様の安全を考えたら、これは必ずしも好ましいこととはいえません。そこで総合的に考えて、お子様に最もよいと思われる方法を主治医や家族の方と話し合ってお勧めするようにしています。

そうした場合には、ご家族の方にはすぐには理解し難い場合もあるかと思います。例えば、かぜ薬をつい最近まで飲んでいた様な場合です。かぜの症状は全く無くなっても体の中の変化は治りきっていない場合もありますし、かぜ薬には血液を固まり難くする成分が入っている場合もあり、麻酔には支障がなくても手術に差し支える場合などがあるからです。

この他、予防接種を受けてからしばらくの間とか、.喘息の発作があってからしばらく後の間、肺炎がなおってからしばらくの後など、お子様自体は一見元気そうでも、体の中の病気と戦う能力が低下しており、手術や麻酔のストレスに敢えて晒さない方が良いと考えられる場合もあるのです。

7. なぜ、全身麻酔の前には食事が厳重に制限されるのでしょう?

麻酔中は睡眠中とは違い、胃の中に内容物がたまりますと嘔吐を起こしやすく、これが肺に入りますと窒息を起こしたり肺炎になるなど、非常に危険です。そこで、全身麻酔をかける場合、予め胃の中を空虚にしておくことが大切なのです。ですから手術予定時間の何時間か前から、食事の制限を指示されます。しかし小児の場合、ただ食事をさせなければそれで良いというものではありません。あまり長い間水分を与えないと今度は脱水により熱がでることもありますので、麻酔科医は各々のお子様に最も適した飲み物や食べ物の制限を指示することになります。

入院のお子様の場合、その指示を看護師が正格に実行しますから問題はありません。しかし家から病院に来て直接手術を受ける日帰り手術などのお子様の場合、この重要なことをお母様方に実行していただくことになります。

従って、麻酔科外来診察時、麻酔科医から指示を受けた場合、ご家族全員で正確に守って頂きたいと思います。「かわいそうだから」といって、指示以外の時間に食べ物を与えたりしますと、取り返しのつかないことになる場合がありますので、この点だけはくれぐれも厳重に守ってください。お母様だけでなく、お子様の兄弟や、お姑様などにも良く理由を説明しておいて下さい。

8. 全身麻酔からさめるとき

吸う息と一緒に体の中に吸収された麻酔ガスや静脈の中に入った麻酔薬により全身が麻酔され、その全身状態をより安全に維持する努力を麻酔科医が行なうことは、すでに説明しました。一方手術が終わると麻酔科医はそのような状態から普通の状態にかえす、つまり手術の時に用いられた麻酔薬や、手術の影響から早く回復させようと努力します。でも、手術が終わってすぐに痛がっては困ります。そこで、手術の場所によっては特別の薬を用いたり、全身麻酔中に硬膜外麻酔とか区域麻酔と呼ばれる特別の痛み止めの処置を予め行なっておき、手術が終わって麻酔からさめても痛がらないようにする配慮も麻酔科医の仕事なのです。 手術や検査が終わりに近づくにつれて今度は身体から麻酔薬を徐々に出し麻酔をさます方向にもっていきます。麻酔が浅くなってきますと、患者さんは刺激により泣いたり、手足を動かしたりというよに目がさめはじめます。そうなると次は、手術室の中の回復室と呼ばれる所に移り、十分に目がさめるまで静かに看護が行なわれます。そして完全に患者さんの意識が回復しますと、病棟や外来に帰り、今度はそこの看護師が看護を行ないます。もちろん必要に応じて、いつでも麻酔科医がかけつける体制になっております。

こうして安全を確認しますので、ふつう手術が終わってからお子様が手術室を出るまでには少なくとも一時間程度はかかります。

9. いつから食事ができますか?

麻酔中の患者さんには、安全のために必ず点滴が入れられますので、手術のあと十分に目がさめるまでは無理に水を飲まなくても心配ありません。完全に目がさめて一時間程したらお茶やお砂糖水などを飲ませてみます。もし、気持ちが悪くなって、嘔吐するようでしたら、麻酔薬の影響がまだ残っていることがありますので、もうしばらく様子を観察したりします。学童で、乗り物酔いをするような、ちょっと神経質なお子様の場合、麻酔そのものの影響はすでになくなっていても、数回の嘔吐を繰り返す場合もあります。繰り返しになりますが、この場合でも麻酔中は十分に点滴を受けていますので、例えすぐに水を飲まなくても心配はありません。

さて、水を飲ませてみても平気なようでしたら、さらに牛乳などを飲ませてみます。そして特に問題がないようでしたら、普通の食事をしても良いことになります。

この様に、お腹の手術のために食事をしない方が良い場合を除き、手術が終わって麻酔から十分さめて約2時間ほどすると、ほとんど普通に食べられるようになります。外来手術のお子様の場合には、その時間には帰宅できる程の状態になります。この間、看護師によって、体温、脈拍、呼吸、その他全身の状態が観察され、適切な処置がなされますので、ご家族の皆様は安心して、お子様の回復をお待ちになってよいのです。

10. 全身麻酔による副作用について

ご両親にとっと、お子様に手術を受けさせるということだけでも、ショックなのに、まして全身麻酔を受けるとなるとさらに心配なさるのは当然のことと思います。

ご心配のあまり、ご家族の方からいろいろと質問を受けます。たしかに麻酔による死亡が全く無いという訳ではありませんのでご心配も無理のないことです。しかし、麻酔を専門とする医師のいる私どものような病院でのこうした事故は、交通事故による死亡事故の頻度(約1万人に1人)よりもはるかに少ないのです。

実際、日本でいちばん始めの小児医療専門施設の(旧)国立小児病院の麻酔科では、開設以来35年間に8万例を越すお子様が全身麻酔を受けましたが、幸い全身麻酔による事故死は全くありませんでした。まして、麻酔によって頭が変になったなどということは聞いたことがありません。

麻酔専門の医師がいて麻酔による大きな事故が今までに無かったからといって、全身麻酔に危険性が絶対にないとは断言できません。感染が潜んでいたりお子様の体質やその時の状態によっては麻酔が与える影響が大きく、危険な状態に陥る可能性や入院が長びくことが無いとも言えません。それ故、麻酔をかける前に十分な診察や検査をして、お子様の全身状態を知る必要があるのです。このためには、お母様方が日頃より知り尽くしているお子様の特徴をなるべくたくさん、どんな些細なことでも教えてください。お母様、お父様、そして時には親戚の方々の麻酔や手術の事を話していただくことも大切なのです。

こうした細かい配慮と、あらゆる事態に対処できる麻酔科医、外科医及び、看護婦とが協力して、危険な状態を避けたり切り抜けることが可能となります。

11. ご両親様へお願い

今までの説明で麻酔についてはご理解いただけたことと思います。しかし、それでも尚、ご両親様の麻酔や手術に対する不安はどんなにか大きいこととお察しいたします。けれども、ご両親様の不安はそのままお子様の不安となって現れてまいりますので、遠慮なく麻酔科外来などでお訪ね下さり、少しでも不安を少なくして下さい。

私どもは麻酔や手術について正しい知識をもって頂き、不安感や心理的影響を少しでも軽くしてさしあげたいという気持ちから、このパンフレットをお配りしたり、説明も行なっております。お子様が入院されてからも、手術の前に麻酔科の医師や手術室の看護師が病室を訪問し、手術の事、麻酔のことなどできるだけわかりやすく説明しながらお子様と友達になり、手術当日には笑顔で迎え入れることができますよう努力をいたしております。

こうした経験を通じて、家庭でご両親様と入院や麻酔、手術などについての会話を持ったお子様は、抵抗なく麻酔を受け入れ手術を終えることが出来、時には兄弟にうらやましがられたりする場合もある位です。しかし、「デパートへ行こう」とか、「病院へお友達のお見舞いに行こう」などの偽りの説明により入院させられ手術を受けた場合には、お子様は非常な不安と恐怖心を示すことがわかりました。正しい意思疎通が入院前よりなされていることが大切なのです。病院では何が行なわれるかを、わかりやすい言葉で話ていただきたいのです。

説明はなるべく早い時期から始められ、少しずつ繰り返してください。お子様なりに納得することにより、はじめての手術でも、あたかも既に体験したことがあるように思いながら臨めることでしょう。

12. 入院前にしておいていただきたいこと

  1. 入院してから起こること
  2. 入院すれば一時的とはいえ家族と別れての生活になります。ミルクを飲む小さな友達も大きな友達もみな一人で病気を治すために病院に入っています。そして、病気が治ったらすぐにお家に帰れること、お家の皆さんが、お子様が早く元気になるのを待っていることを話します。

  3. 病気について
  4. どうして病気を治さなければいけないのか、どこを治すのか部位を簡単に説明しておいて下さい。手術の後には、例えば外科ではおなかに絆創膏が貼られていますし、眼科では眼にガーゼを当てておりすぐには眼が見えないが心配はいりません。整形外科では手術によってはギプス包帯を巻いてそこがしばらく動かせませんが、病気が治れば自由になれることなどの説明も忘れないで下さい。

  5. 体を清潔に
  6. 入院する前に体を十分にきれいにし、爪を切り、マニキュア等を取っておいて下さい。また、ヘアバンドや指輪なども外しておいて下さい。こうしたことは、ちょっと可哀想に思えるかも知れませんが、患者さんの観察が十分にできるように、そして他の患者さんを不用意に傷つけたりしないための配慮なのです。そこで、普通の子供ではまさかと思われることがありましたら看護師まで申し出て下さい。例えば義歯や義眼などのある場合などです。これ等は無理に麻酔の前に取っておく必要はありません。予め何があるか解っていれば、お子様を恥ずかしがらせない方法も可能なのです。

13. 病院での手術の前の様子はどうでしょう?

  1. 麻酔科医師や手術室の看護婦が病室を訪問します。
  2. 場合によって麻酔科の医師や手術室の看護師が手術室の服装で訪ね、手術室の中の様子を説明し、血圧計や聴診器、麻酔のマスクを実際に着けてみます。さらに麻酔のために大切な食事制限をすることや、お薬を飲むこと(甘いシロップや錠剤)など、それから小さな注射があることなどを話します。

    この時でも良いですし、病棟の看護師さんでも結構ですからお子様が特に気になっていることを遠慮なく話て下さい。例えば「うちの子は○○ちゃんと呼ばれている」とか、「眠る時はいつも愛用のタオルがある」とか、「チョコレートが大好きだ」などです。

  3. 手術室に入ったら
  4. 病棟から手術室へはふつうパジャマで行きます。手術室に行く前に座薬が投与されたり薬を飲む場合もあります。

    看護師さんが押すベッドに乗ってお母様と一緒にエレベータで手術室入口まで行き、お母様方は手術室前のロビーでお待ちになり、お子様だけが手術室に入ります。ここでは、元気で手術を受けるように励ましてあげて下さい。ほとんどのお子様は静かに手術室に入って行きます。

    手術室に入ると手術室の看護師さんが出迎え、手術の準備のために手術室用のベッドに乗り換えます。手術室の中はいくつもの小さな部屋に別れており、その中の一つで手術を受けるのですが、そこに入る前には少し大きな部屋で看護師さんとしばらくお話をして準備を待ちます。

    このお部屋には音楽が流れており、天井にお人形さんの絵が描いてあったり、おもちゃがあったりとても楽しい部屋です。既に手術が終わった他のお友達やこれから手術を受けるお友達に会える場合もありますし、病棟でお友達になった先生にも会えるかも知れません。

    準備ができると、この部屋から手術が行なわれる別の部屋にはパジャマを脱いで、またベッドに乗って運ばれます。この小さな手術室の中はライトや機械がたくさんあって、とても明るい部屋です。ひときわ大きな装置は、眠くなるガスが出て来る麻酔器と呼ばれる装置です。

    この部屋の中では皆が青い色のマスクや花紋様のついた帽子などをしており、とても面白い感じです。上を見ますと今度は天井ではなく、丸くて大きな円盤のようなライトに漫画の絵が描いてあります。ここで、別のベッドに移り、さあいよいよ麻酔が始まります。

14. 麻酔が始まったら

先ず、小さなUFOのような「聴診器」が胸に貼られ、麻酔科の先生が心臓の音を聞きます。これは麻酔中ずっと続けられ、お子様の心臓の働きがいつも手にとるようにわかるのです。この聴診器は、日頃診察で良く見かける両方の耳で聞くタイプではなく、片方の耳だけで聞くタイプですので麻酔の先生は心臓以外の他の音にもいつも注意が払えるようになっています。もし覚えていたら、麻酔の先生に自分の心臓の音を聞かせてもらいましょう。

次に腕章のような「血圧計」が腕に巻かれます。そして、シュクシュクといった音と共に空気が送り込まれ少し腕が押される感じがする間に血圧が計られますのでこの間だけは腕を動かさないでじっとしていて下さい。

次に胸にいくつかの小さなワッペンを貼りますが、これは心臓の働きを示す「心電図」を見るためのものです。そして最後に指先に赤い光を発する小さなプラスチックの指輪を貼り着けます。これは血液の中の酸素の状態を診断する装置で「パルスオキシメーター」と呼ばれ、麻酔中の患者さんが十分な酸素が受けられるよう見張りをするものです。

そしてこれは眠ってからですが、呼吸を見るカプノメーター、酸素や麻酔薬をみる濃度計、手術のやりやすさをみる筋弛緩モニター、麻酔の深さをみる脳波モニターなどがつけられて、安全な麻酔を助けます。

ここまでの準備が終わると、麻酔の先生がお子様の口元に宇宙飛行士のマスクのようなものを持ってきます。このマスクには黒いもの、透明なもの、様々な色や形があるうえに、中からお子様の大好きな果物(バナナ・イチゴ・メロン)やアイスクリームの甘い香り、あるいはチューインガムのような香りの風が吹いてきます。こうした香りの風を口で大きく吹き返すように呼吸しているうちに段々と眠くなります。

大きなお子様の場合には、静脈内注射や腰から薬を入れたりする脊椎麻酔や硬膜外麻酔と呼ばれる方法も行ないますが、こうした場合には予めお子様と話をしてから行ないます。もちろん麻酔科ですから、こうした注射の場合にも痛みを少なくする配慮は忘れませんからご安心下さい。

お子様が眠ってからも麻酔科医の仕事は続き、血圧や脈拍以外にもお子様の体温、呼吸その他ここには書ききれない程の沢山のことに注意し続け、安全に手術が進行します。眠っているうちに手術は終わりますので、痛いこともありませんし、何も覚えていません。

楽しい夢を見ている間に手術が終わってしまうこともあります。どんな長い手術でも、お子様にとっては短い手術と同じにほんの一瞬の出来事に感じられます。

15. 麻酔が終わると

大抵は、手か足に点滴が入った状態で、手術室の中の回復室と呼ばれる所に帰ってきます。そこで患者さんが十分に落ち着いたら、手術室を出ることになり病棟の看護師さんが迎えに来ますので、ご家族の方も先ほど見送った手術室の入口でお子様を迎えることになります。

ここでは、はっきり目がさめてお話ができたり、元気に泣いているお子様もいますが、大抵は静かに眠りながら出てきます。顔に絆創膏を剥がしたあとがあったり、時に見慣れない管がつながれていたりして、手術が終わったばかりのお子様は御両親の目からはとてもかわいそうに思え、声をかけたくなるのも無理はありませんが、その時は敢えて声をかけずに、そっと寝かせておいてあげましょう。

お子様の目がはっきりさめる場所は手術室であったり、病室のこともあります。お子様に面会できれば苦労をねぎらい、ほめてあげて下さい。

ただ、不思議なことに、手術が終わった直後のことをその時は、はっきり覚えている様でも、後々まで覚えているお子様は案外少ないようです。多少泣いたりしていても心配せず、元気な証拠だと思える寛容な心で接してあげて下さい。

16. 全身麻酔や手術の精神面への影響は?

入院、手術、麻酔その他の頻回な処置が、お子様の心理に何の影響も及ぼさないということはないはずです。しかし、そうだとしても手術や検査、そしてそのために必要な麻酔を中止するわけにもゆきません。そこで、家族の皆様方と医師そして看護師は、それぞれの立場から、それぞれのタイミングを見計らって協力しながら、心理面に与える影響をより良い方向にもっていくように配慮しなければなりません。

お母様方、どうぞお子様の年齢に合わせて、理解できる程度に手術や入院について話してあげて下さい。特に小さなお子様の場合、なにも事細かく一部始終をお話にならなくても良いのですから、事実に沿って説明し、だまして病院に連れて来るようなことはなさらないで下さい。小さなお子様の場合には数日前にお話するだけでも良いのでしょうが、年齢の大きなお子様の場合には理解しても、現実に対応するまでには多少の日数がかかるかも知れません。

手術や麻酔に関する心配や不安は、年齢に応じて本当に違うものです。小さなお子様は、母親から離れること自体が最大の関心事でしょう、小学生では注射の痛みを最も恐れているかも知れません。中学生にもなると、麻酔や手術そのものによって生じる事態が大きくのしかかってくるかもしれませんし、手術後の将来に不安を感じている場合もあるでしょう。何が最も大きく影響しているかは、結局はご家族の方々が最も理解できるのですから。

そして、こうした努力の上に病院の医師や看護師が、それぞれの立場で説明し、お子様がある程度納得した状態に加えて、お薬による精神の安定などもはかり、むやみな不安感や興奮をおさえながら全身麻酔をすることによって、手術中の肉体的苦痛を極力少なくするという方向にもっていけるのです。

もう一つ大切なことは、手術を受けて退院された後の御家族の態度です。ただ、ふびんだ、かわいそうだ、と思ってお子様に気を使うだけでなく、たとえつらい思いをさせたとしても、手術を受けさせたことは、このお子様にとって最良の方法だったのだという自信をもって接して下さい。そして、ある程度会話のできる年齢のお子様の場合には、手術や麻酔、それに入院生活などについて一緒に話してみて下さい。心の中にあるものを口にすることによって、徐々にそれらの刺激的な影響は弱まってくるものです。

17. おわりに

どれほど細かく説明され、どんなに理解し納得したつもりでも、心配や不安感がなくならないのはご家族の立場では当然のことと思います。でも、ある程度までは全身麻酔についてご理解いただけだと思います。せっかく予定された検査や手術を中止したくない気持ちはお互いに同じです。しかし麻酔のリスクがゼロでないことも事実であり、安全のためにご家族のご理解とご協力が欠かせません。

私どもは、お子様の病気を一日でも早く治せるように、手術や検査を安心して受けていただけるように、全ての部門の人々が協力しあっていますので、どうぞ安心してお子様をお任せ下さい。そして、また不安や疑問がありましたら、いつでも麻酔科医や看護師にご質問下さい。病院によっては、お子様や家族を対象に、ビデオを使ったり、手術室で麻酔に使う器具を実際に触れてみながらの説明会を行なっている場合もありますのでお問い合わせ下さい。